ガラスの靴じゃないけれど
「心配しなくても大丈夫よ。今は旅とか温泉とか言っているけど、響が靴から離れられる訳がないんだから。若葉さんもそう思うでしょ?」
やはり彼女は、誰よりも彼のことを理解している。
そのことを悔しげに認めた私は、黙ったまま頷いた。
「そうだ。これを若葉さんに渡しておくわ。響が店を再オープンさせたら連絡してちょうだい」
そう言った彼女が差し出したのは、一枚の名刺。
でも私は、その名刺を受け取ることができなかった。
「私。響さんとそこまで親しくないんです。だから咲子さんの名刺をもらっても、私から再オープンの連絡をすることはできないと思います」
今は靴工房・シエナの取り壊しが迫っているから、彼は私の手伝いを拒まない。
けれど彼が旅から戻ってきて、お店を再オープンさせたとしても、そこに私の姿はないだろう。
靴工房・シエナで彼と過ごす時間が、あと少しで終わりを迎えてしまうことに胸を痛めていると、彼女が小さな笑い声を上げた。
「若葉さんを見つめる響の瞳には、親しみが込められていると思ったけど、それは私の見間違いかしら?」
そんなことを私に聞かれても、何と言って答えたらいいのかわからない。