ガラスの靴じゃないけれど
最後の木型を梱包した私は、段ボールの蓋をガムテープで閉めるとため息を付いた。
「響さん。旅の予定っていつからいつまでですか?」
「ん?俺の気が済むまで」
「気が済むまでって...気が済まなかったら永遠に旅するつもりですか?」
「まあ、そうなるな」
ケロッとしながら、そう言い切った彼が憎らしく思えた私は頬を膨らませると、腰に両手を当てた。
「次は何を梱包しましょうか?」
「何、オマエ、怒ってんの?」
「怒っていません!」
舐め終えた棒付きキャンディーの棒をゴミ箱に投げ入れた彼は、工具を梱包していた手を止めると大股で私に近づいてくる。
そして私の頬を両手で挟むと、その手に力を入れた。
「嘘つけ。ほら、こんなに頬が膨らんでいるじゃないか」
「そんなころ、ありませふ!」
彼に頬を両手で押された私の口から出たのは、呂律が回らない酔っ払いのような言葉。
その私の様子が可笑しかったらしく、彼は大きな声を上げて笑い出した。
でも、その笑い声が靴工房・シエナに響き渡ったのは、ほんのわずかな時間。