ガラスの靴じゃないけれど
私の頬を挟んでいた彼の手から次第に力が抜けていくと同時に、笑顔が消え去り、その表情が真面目なものへと変化していった。
「響さん?」
返事をすることなく、私をじっと見つめる彼の視線は熱くて、甘い。
「若葉」
いつもの『オマエ』ではなく、自分の名前を初めて呼ばれた私は、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった感情に包まれた。
頬を大きな手で押さえられたままの私に向かって、彼の顔が徐々に近づいてくる。
その彼の瞳に映るのは、私の姿だけ。
これから、どうなってしまうのか。
胸の鼓動がさらに高鳴った瞬間、彼は首を傾げた。
「何を怒っているんだよ?正直に白状しないと、キスするぞ」
本気なのか。それとも冗談なのか。
私を見つめる彼の澄んだ瞳からは、何の感情も読み取ることはできない。
でも、キスをすることを罰ゲームみたいに言う彼の言葉は、私にとって悲しいものだった。
今まで我慢していた想いが、瞳から涙となってポロポロと溢れ出す。
「は?ど、どうして泣くんだよ?俺、オマエを泣かせるようなこと言ったか?」
「だって...響さんったらキスするぞって軽々しく言うんだもん」
「べ、別に軽々しく言ったわけじゃねえよ」