ガラスの靴じゃないけれど


未だに私の頬を両手で押さえ付けている彼の声は小さくて、何と言ったのか聞こえなかった。

泣き続ける私に届いたのは、彼の弱々しい声。

「ったく...人の気も知らねえで...俺が悪かったよ。だから泣くなよ。な?」

彼は私の頬から両手を離すと、節くれだった指先で涙を拭ってくれた。

その温かい優しさが、さらに私の涙を誘うのだ。

これ以上、泣き顔を見られたくなかった私は、彼に背中を向ける。

でも彼は、それを許さなかった。

「おい。ひとりで泣くなよ」

手首を掴まれたことを自覚した時には、私は彼の逞しい腕の中にいた。

私の鼻先をくすぐるのは、彼がさっきまで舐めていたキャンディーの香り。

そのベリー系の香りに包まれながら、私は彼の温かい胸に甘えるように頬を付けた。

「響さんが永遠に旅するって言うから...もう一生会えないようなこと言うから...」

「それで怒って頬を膨らませたのか?」

黙ったままコクリと頷けば、私を抱きしめている彼の腕の力がさらに強まった。

逞しい彼の腕に包まれる時間を一秒でも長く味わっていたかった私は、黙ったまま瞳を閉じる。

でも、その心地良い時間に終止符を打ったのは、彼の方だった。


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