ガラスの靴じゃないけれど
ポカンと呆けながら箱に入ったパンプスを見つめていると、彼は「話せば長くなる」と言って椅子に座った。
頷いた私も椅子に腰を下ろすと、彼はポツリと話を始める。
「俺のジイさんは若い頃、靴作りの基礎を学ぶためにイタリアの工房で見習いをしていた時期があったんだ」
「そうなんですか」
「ああ。イタリアは靴作りの本場だからな」
確かにイタリア製のパンプスは色やデザインが豊富で、履き心地が良いものが多いと思っていた私は、彼の話を聞いて納得をする。
「ジイさんはイタリアの広場でベンチに座っているひとりの日本人女性を見かけた。まあ、観光地だから日本人を見かけても普通なら声を掛けることはしないが、ヒールが折れてしまったパンプスを手にしている彼女の姿を見たら、どうしても声を掛けずにはいられなかったらしい」
もしかして、異国の地で運命の出会いを果たすラブロマンス的な展開になるのかと、私は期待に胸を膨らませる。
「彼女の壊れたパンプスを預かったジイさんは、すぐに工房に持ち帰って修理をした。そして広場に戻ってみると、そこにはもう彼女の姿はなかったそうだ」