ガラスの靴じゃないけれど
頷きながら話に耳を傾けていた私は、さらにその話の続きを聞きたくて彼を急かした。
「それで?お爺様とその彼女とどうなったんですか?」
「どうにもならねえよ」
「え?どうして?」
「どうしてって、それきり彼女と再会することができなかったからさ。その数年後に見習い期間を終えて帰国したジイさんは、バアさんと出会って結婚した」
私が想像していた異国の地でのラブロマンス的な展開にならなかったことを、少し残念に思った。
けれど、もし彼のお爺様とイタリアで出会った彼女が結ばれていたなら、この世に彼という存在は誕生しなかったはず。
自分たちの存在が奇跡の上に成り立っていることを実感した私は、目の前にいる彼と出会えた運命に感謝をした。
「ジイさんは一日の仕事が終わるとこの箱からパンプスを取り出して丁寧に磨くのが日課でな。ガキだった俺にはどうして片方だけのパンプスを磨くのか理由がわからなかった。でも靴職人になった今なら、ジイさんの気持ちが理解できるんだ」
彼は箱の中から片方だけのパンプスを取り出すと、ネル素材のクロスを手にした。