ガラスの靴じゃないけれど
未遂のままで終わったキスに気まずさを感じていると、彼はカウンターの横から移動し始める。
いったい何が起きるのだろうと身構えた私の横を通り過ぎた彼は、アンティークな作りの戸棚の前に立った。
「俺はこの店でジイサンが果たせなかった夢を叶えようと思っていた。けどな、なにも店にこだわる必要はないと気付いたんだ。むしろ旅に出た方がいいのかもしれない。そう思えるようになったから再開発に同意をした」
彼は渋々ではなく、納得の上で再開発に賛成をした。
その事実を知った私がホッと安堵していると、彼は戸棚からある物を取り出し作業台の上に置く。
「これは?」
「移動販売車のパンプレットだ」
「移動販売車?」
旅と移動販売車が結びつかない私が首を傾げると、椅子に腰を下ろした彼はクスッと笑った。
「この移動販売車に工具を積んで、靴の修理をしながら全国を回ろうと思っている」
私の頭に浮かんだのは、ブルーのオープントゥのパンプスをオーダーした彼女の言葉。
「咲子さんの言う通りですね」
「あ?アイツが何て言ったんだよ」
「響さんが靴から離れられる訳ないって」
「そんなこと言ってたのかよ。ったく。余計なお世話だっつーの」