ガラスの靴じゃないけれど
憎まれ口を叩きながらも、口元が微かに上がっていることを隠し切ることができない彼が無性に可愛らしく思えてしまう。
「靴の修理をしながら温泉に入って、動物園と水族館に行って、全国を回る。なんか優雅な旅ですね」
手足をグーンと伸ばしながら私がつい、妄想してしまったのは移動販売車の助手席に乗っている自分の姿。
その隣には開けた窓から流れ込む風に癖のある髪の毛を揺らしながら、ハンドルを握る彼がいる。
まだ見たことない運転する彼の姿を思い描いていると、ひんやりと冷たい氷のような視線を感じた。
「オマエさ。俺が温泉や観光目的に全国を旅すると思っていないか?」
「え?違うんですか?」
「あのな。肝心なことを忘れるなよ。いいか?俺が全国を旅する目的は、この片方だけのパンプスの持ち主を見つけるためだ」
移動販売車で靴の修理をしながら全国を回って、パンプスの持ち主を探そうとしていることは理解できた。
でも、その方法がわからない。
「あの。どうやって持ち主を見つけるつもりですか?」
「靴の修理に訪れた人に、このパンプスを見せて心当たりがないか聞く」
「でも、それだけで持ち主が見つかるとは思えません」