ガラスの靴じゃないけれど


自分の正直な気持ちを包み隠さず口にした私に向かって、彼は肩を落としながらため息を付いた。

「実は俺もそう思っているんだ。彼女だって高齢になっているだろうし、ジイさんのように亡くなっていてもおかしくない。でもな、手掛かりはパンプスだけじゃないんだ。ほら。これを見てくれ」

片方だけのパンプスが入った箱の中から彼が取り出したのは、一枚のポストカード。

彼から差し出されたカードには、赤いレンガ造りの建物が美しい街並みが印刷されていた。

「素敵な街ですね」

「その街の名前はシエナ。ジイさんが見習いをしていた街であり、彼女と出会った街でもある」

「え?じゃあ、このお店の名前って...」

「ああ。ジイさんはこの街の名前を店に付ければ、彼女ともう一度再会できると信じていたんだろうな」

懐かしむように遠くを見つめている彼の中では今、お爺様と過ごした日々が色鮮やかに蘇っているのだろう。

束の間のタイムトリップの邪魔をしないように、私はしばらくの間、口を閉じることにした。

手にしたポストカードが色褪せてしまっているのは、長い年月か積み重なった結果。

それなのに、片方だけのパンプスに痛みがないのは、お爺様と彼が手入れを欠かさなかったから。


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