ガラスの靴じゃないけれど


片方だけのパンプスを入れた紙袋を片手に持つ彼と共に電車に揺られる、日曜の昼下がり。

手すりに掴まる彼を見上げるたびに、どうしても込み上げてしまう笑いを堪え切れない私は、口元を手で隠すと小さく肩を震わせる。

「いつまでも笑ってんじぇねえよ」

「だって。あんなに取り乱した響さんを見たのは初めてだから」

「あのことは忘れろ。いいな?」

「ん~。忘れろって言われても、私、記憶力がいい方だしなぁ」

何かとからかわれることが多い私が、ここぞとばかりに反撃を試みると彼は大きくため息を付いた。

「お願いします。忘れて下さい」

小さな声で懇願する彼を少しだけ可哀想に思いながらも、初めて聞く彼の敬語が面白くて、私はまた笑い声を上げてしまうのだ。

あれから。

----ポストカードに書かれていた名前が、私の祖母の旧姓であることを告げた瞬間。

彼は勢いよく椅子から立ち上がると、癖のある黒髪を掻きむしりながら店内をウロウロと歩き回った。

岩瀬麗子。この名は確かに祖母の旧姓。

でも、全国に同じ名前の人はきっといる。

「響さん。喜ばせておきながら、こんなことを言うのは申し訳ないですが、同姓同名という可能性もありますよね?」


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