ガラスの靴じゃないけれど
彼は歩き回っていた足を止めると段ボール箱にしまっていた工具を取り出し、何故か梱包を解き始めた。
「でも年齢的にはビンゴだろ。まさかこんな展開になるとはな。ああ、そうか。だからオマエは運命だとか言って興奮したのか。そうか。なるほどな。確かにこれは興奮するな。ああ。する。する」
梱包を解いていた手を止めた彼はツカツカと近寄って来ると、いきなり私の腰に手を回す。
そして力強く私を引き寄せると、顔を近付けてきた。
彼は理性を失っている。
だから私は顔を逸らしながら、近寄って来る彼の胸に手を当てると力いっぱい押し返した。
「ちょ、ちょっと!響さん!」
私が声を上げたのと、彼が動きを止めたのは、ほぼ同時。
「もう!セクハラで訴えますよ!」
「ん?あっ?」
目を丸くしながら私を見つめる彼は、ようやく理性を取り戻したみたい。
私を抱き寄せていた手を慌てて離すと、ヨロヨロと足を後退させた。
その彼の背中がカウンターに当たり、動きが止まる。
「響さん?大丈夫ですか?」
「あ?ああ。あれ?俺...何をしようとしていたんだ?」
彼は癖のある黒髪を掻き上げながら、不思議そうに首を傾げている。
この様子だと梱包を解いたことも、私にキスしようとしていたことも憶えていないのかもしれない。