ガラスの靴じゃないけれど
「取り乱していましたよ。あんな響さんを見たのは初めてで面白かったです」
込み上げてくる笑いを堪えながら、私は梱包が解かれた工具を彼の手のひらに乗せる。
「ん?何だ?」
「やっぱり憶えていないんですね。響さんが梱包を解いちゃったんですよ」
「は?嘘だろ?」
「嘘じゃありませんよ。また梱包をやり直してくださいね」
手のひらに乗せられた工具を見つめながら、彼がキョトンとしていたのは一瞬のこと。
身に付けていたデニム地のエプロンを脱ぐと、カウンターから紙袋を取り出す。
「オマエのオバアさんって、今、家にいるか?」
「多分、いると思いますけど」
「そうか。だったら今から会いに行こう。案内してくれ」
色褪せたポストカードと片方だけのパンプスをしまった彼は、その箱を紙袋に入れる。
そして私の手を握ると、脇目も振らずに靴工房・シエナを後にしたのだった。----
九月になっても強い日差しが照りつける中、桜台駅で電車を降りた彼は、私の家の場所を知らないくせにスタスタと足を進める。
「響さん!そっちじゃありません!右です!」
私の言葉に頷いた彼は、さっさと右の角を曲がると姿を消す。