ガラスの靴じゃないけれど
ドキドキと胸が高ぶる中、耳に届いたのは祖母の驚く声。
「まあ!これは...」
「お婆様。見憶えがある?」
小刻みに震える手を口に当てて驚きを見せる祖母は、私の問い掛けに何度も頷いた。
「ええ。もちろん」
祖母は思い出したようにソファから立ち上がると「ちょっと待っていてくれるかしら」と、彼に告げ、応接間を後にする。
そして数分後に姿を現した祖母が手にしていたのは、対のベージュ色のパンプスだった。
その状態は良く、祖母も長年手入れを欠かさずにいたことが窺えた。
「片方だけじゃ何の役にも立たないとわかってはいたけれど、どうしても捨てられなかったのよ」
時を経てようやく手元に揃ったパンプスを見た祖母は感慨深げに瞳を潤ませると、この場にいる全員に向かって数十年前の出来事をゆっくりと語り始めた。
「父のイタリア出張が決まったのは私が二十歳の時よ。通っていた女学院も冬休みになったから、その出張に母と同行することにしたの」
祖母が語る父と母とは、私にとって曽祖父母にあたる人物。
私が生まれる前に他界をしており、写真でしかその姿を見たことがない。