ガラスの靴じゃないけれど
思わず吹き出しそうになりながらも、夢見心地な気分で階段をゆっくりと下りた。
わずか五段の階段を下りた先に待ち構えていたのは、別れの時。
名残惜しく彼から手を離そうとした瞬間。
その手を強く握られた私は、彼の胸の中に引き寄せられた。
階段を下りた先は家からは見えないし、外からも門が死角になって私たちの姿はやはり見えない。
つまり、この場所で抱き合う私たちを邪魔するものは何もない。
夕焼け色のカーテンに包まれながら彼の広い背中に腕を回せば、私を抱き寄せる力がさらに強くなる。
「若葉」
彼が不意に私の名前を甘く囁くから......自分でも驚いてしまうような言葉を呟いてしまった。
「響さん。好きです」
自ら告白するという初体験をしてしまった私は、恥ずかしさのあまり彼の胸に顔を埋めた。
その私の頬に伸びてきたのは、彼の手。
大きな手のひらで頬を包み込まれた私は、彼の胸から埋めていた顔を上げる。
その視線の先に見えたのは、温かいまなざしで私を見つめる彼の姿だった。
「オマエの気持ちなんか、とっくに知っているさ」
「え?とっくにって、どれくらい前から?」
「そうだな...履いていたパンプスが壊れてオマエが尻もちを付いた時からかな」