ガラスの靴じゃないけれど
朝起きた時も、会社に向かう電車に揺られている時も、そして仕事中も、思い出してしまうのは彼のことばかり。
きっと今頃彼は額に汗を掻きながら、荷造りに追われているはず。
有給休暇を取って手伝いに行ったら、彼は喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら入力作業をこなしていると、デスクの上に新たな資料が乗せられた。
「一条さん。悪いけどこれも追加でお願いできるかな?」
「はい。わかりました」
忙しそうにしながらも私に笑みを見せてくれるのは、開発事業部の望月さん。
望月さんと距離を置くことに決めてから、一度もふたりきりで会話を交わしていない。
もう、これ以上、望月さんとの距離が縮まらないことを確信した私は昼休みにメールを打った。
「待たせてごめんね」
話があるから仕事が終わったら駅前のコーヒーショップに来て欲しいと、昼休みにメールを送信した相手は望月さん。
その望月さんが息を切らせながら私の向かいの椅子に座ったのは、午後七時。
「忙しいのに、すみません」
「いや。でもこうやって呼び出されたってことは、俺はフラれるのかな?」
余計なことなど話題にせずに、いきなり本題を口にする望月さんはこの話が終わったら、また仕事をするために会社に戻るのだろう。