ガラスの靴じゃないけれど
望月さんがそんなことを考えていたなんて知らなかった私は、驚きつつも話に耳を傾けた。
「でも、一週間の夏休みがあったにもかかわらず、俺は若葉を誘う気にはなれなかった。今の俺の頭の中はプロジェクトのことで一杯でさ。どうやら俺は仕事と恋愛を同時進行できない不器用な男らしい」
そう言いながら、望月さんはいつものようにクスッと笑う。
けれど、私は望月さんが不器用だなんて一度も思ったことはない。
望月さんが自虐的なことを言うのは、先に別れを切り出した私の気持ちを楽にするため。
最後まで優しい望月さんに救われた私は、瞳に込み上げてくる涙が零れ落ちないように我慢した。
「一条さん。短い間だったけれど楽しかったよ。ありがとう」
「私の方こそ...ありがとうございました」
望月さんが私の名前ではなく名字を呼んだ瞬間。この恋の幕が下りたことを実感する。
「じゃあ、俺はこれで。気を付けて帰るんだよ」
「はい」
望月さんは椅子から立ち上がると一度も振り返ることなく、私の前から姿を消した。
今、私が好きなのは間違いなく彼ひとり。
だけど初めての彼氏が望月さんで良かったと、心から思うのだった。