ガラスの靴じゃないけれど


「え?」

私が驚きの声を上げた理由は、ドアノブを回したはずなのに木目調の扉が開かなかったから。

もしかして、用事があって出掛けているのかもしれない。

きっとそうだと自分に言い聞かせてみたものの、胸に湧き上がる不安を拭い去ることができない私は、慌てて縦長の窓に駆け寄った。

目を細めながら中の様子を必死に窺った私の目に映ったのは、レトロなミシンも、作業台も、梱包した段ボール箱の山も、何も残されていない無の空間が広がる店内。

「どうして?」

目に映る情景をどうしても信じられない私は、もう一度扉の前に立つと、ガチャガチャとドアノブを回した。

けれど、やはり扉は開かない。

込み上げてきた涙が瞳から零れ落ちると同時に、私は力なくその場にしゃがみ込んだ。

「響さん。どこに行っちゃったの?」

不安な気持ちを口にしても、もちろん答えなど返ってこない。

靴工房・シエナの前で膝を抱えて、彼の帰りを待ちわびることしかできない自分を歯痒く思った。


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