ガラスの靴じゃないけれど
「あら。丁度いいじゃない」
嬉しそうな声を上げながら手をパチパチと叩くのは、玄関フロアに正座をしている祖母。
確かにこのパンプスはサイズもピッタリだし、足に吸い付くようによく馴染む。
でも大切なパンプスをどうして私に履かせるのか、理由がわからない。
困惑気味に祖母を見つめれば、予想外の言葉が耳に届いた。
「若葉ちゃん。そのパンプスをもらってくれないかしら」
「え?だってこのパンプスは思い出が詰まった大切なものでしょ?」
驚く私の様子を見た祖母は、クスリと小さく笑った。
「パンプスは履いてこそ輝きを増すのよ。箱にしまっておくものではないし、飾っておくものでもない。そう思わない?」
「...そうだけど」
「本当は私が履ければいいのだけれど、この歳で5センチヒールのパンプスは履けないわ」
確かに祖母の言う通りだと納得した私は、ベージュ色のパンプスを脱ぐと箱の中に丁寧にしまう。
「お婆様。大事に履かせてもらいます」
「嬉しいわ。そうね。そのパンプスを履いて響さんとデートしたらどうかしら?」
穏やかな笑みを見せる祖母とは正反対なのは、この私。
玄関を出た先の階段を下りた場所で、甘い口づけを交わしたことを思い出してしまった私の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。