ガラスの靴じゃないけれど
「若葉?落ち着いたか?」
私がコクリと頷けば、背中に回っていた手がゆっくりと解かれる。
そして私の頬に伝う涙を、節くれだった指で優しく拭ってくれた。
彼の姿を最後に見たのは、まだ暑さが残る九月だった。
少しだけ伸びた彼の癖のある黒髪を見たら、再び巡り会えた喜びがひしひしと込み上げてくる。
そして同時に込み上げてくるのは、彼に対する不満だった。
「響さん!今までどこで何をしていたんですか?」
「ん?まあ...その話は車の中でするとして...若葉?」
「はい?」
「このまま若葉をさらってもいいか?」
瞳を見つめながら甘く囁かれれば、心臓がドキリと跳ね上がる。
以前、私が密かに願っていたことを口にしてくれた彼に向かってコクリと頷くと、瞬く間に身体がふわりと浮かび上がった。
再会できたことも、お姫様抱っこをされていることも、夢ではないことを確かめたかった私は至近距離にある彼の頬を軽くつねる。
「痛えな。何すんだよ」
「だって、夢を見ているんじゃないかと思って...」
「だったら自分の頬をつねればいいだろ」
口悪く言いながらもクスクスと笑みを漏らす彼の姿を見たら、これは夢ではないとようやく実感することができた。