ガラスの靴じゃないけれど
車のドアが開くと、助手席のシートに身体が沈み込む。
その私の心臓がドキリと音を立てたのは、彼が突然、覆い被さってきたから。
思わず身体がピクリと反応してしまった私を見た彼は、意地悪そうに口元を上げた。
「シートベルトを締めるだけだ。キスされると思ったか?」
「そ、そんなこと思っていません!」
「なんだよ。つまらねえな」
文句を言いながらシートベルトをカチャリと締めてくれると、彼はあっという間に助手席から出てしまう。
あまりにも素気ない彼のその姿を見たら、思わず身体が勝手に動いてしまった。
「ん?どうした?」
スタンドカラーのハーフコートの裾を掴まれていることに気付いた彼は、私の顔を覗き込むと首を傾げる。
「あの...嘘です」
「あ?何が?」
「その...キス。されると思いました」
さっき自分が言ったことを否定してみせたのは、彼にキスをして欲しかったから。
こんなことをわざわざ言ってしまうなんて恥ずかしいと思っていると、短く唇を塞がれた。
「今はこれで我慢しろ。目的地に着いたらもっと濃いヤツをしてやるから」
冗談なのか、それとも本気なのか。
上半身を起こして、素早く助手席のドアを閉めた彼の心を読み取ることは私にはできなかった。