ガラスの靴じゃないけれど
運転席に乗り込んだ彼がエンジンをかけ、シートベルトを締めると車はゆっくりと発進する。
「響さん。どこに行くんですか?」
「ん?それは秘密だな。それより家でクリスマスパーティーでもするんじゃなかったのか?」
「いえ。私もパーティーを開いてもらう歳じゃありませんから。でも帰りが遅くなるという連絡はしておきます」
鞄からスマホを取り出した私が画面をタッチしていると、思いがけない彼の言葉が耳に届く。
「帰りは日曜の夜になると連絡しておけ」
「え?それって...」
「若葉を永遠に帰したくないというのが俺の本音だ」
今日は金曜日。
帰るのは日曜日の夜だということは、つまり私は二晩も彼と共に過ごすということになる。
唐突に語られた彼の甘い本音を聞いた私は喜びを感じつつも、心の片隅に少しの不安を抱いてしまった。
その不安を拭い去るようにメールを打っていると、赤信号で車が停まる。
「俺は若葉の家族に恨まれるだろうな」
ハンドルを握りながら俯く彼の口から出た弱気な発言を聞いた私は、自分の耳を疑った。
「どうしてそんなことを思うんですか?」
「あんなに素敵な家族から、大事なひとり娘の若葉を奪ったんだ。恨まれて当然だろ」