ガラスの靴じゃないけれど
「気が早いと笑うかもしれないが俺は将来、若葉と結婚したいと思っている」
「け?結婚?!」
ゲンさんが亡くなり、靴工房・シエナに通い出してから、彼に嫌われていると思ったことは一度もない。
けれど、まさか彼が結婚を意識していたとは思ってもみなかった私は、瞬きをするもの忘れてしまうほど驚いてしまった。
「でも結婚となると家族から若葉を奪うことになるだろ?俺が若葉を諦めればすべて丸く収まると思った。だから黙って姿を消した」
理由を語る彼の横顔は、どことなく悲しげだった。
でも、その表情はすぐに明るいものへと変化する。
「けれど、俺はどうしても若葉を諦めることはできなかった。だからこうして若葉に会いにきた」
私のことを。そして私の家族のことを大切に思ってくれる彼と離れ離れになるのは、もう絶対に嫌だ。
「響さん。もう私の前から黙っていなくならないでくださいね。約束ですよ」
「ああ。約束する」
口元に笑みを浮かべながらチラリと見つめられただけで、私の心臓はドキリと音を立てて跳ね上がる。
彼と会えなかった数か月分まで、ドキドキさせてもらおう。
そう思った私は、ハンドルを握る彼の横顔を熱く見つめた。