ガラスの靴じゃないけれど
「おい。着いたぞ」
遠くから聞こえてくるのは、大好きな彼の声。
そんなはずはない。
だって彼は、私の前から黙って姿を消してしまったのだから......。
ハッとして瞼を開けると瞳に映り込むのは、運転席のシートベルトを外している彼の姿。
そうだった。私は、つい数時間前に彼と再会を果たしたばかり。
そのことを忘れてしまっていたのは、頼りがいのある彼の横顔と、心地良い車の揺れに負けたから。
「しかし、気持ち良さそうに眠っていたな」
「ごめんなさい」
車のダッシュボードの時計を見れば、家の前を出発してから約二時間が経過していた。
折角のドライブデートを台無しにしてしまった私が俯きながら小さく謝ると、彼はクスクスと笑い出す。
「可愛い若葉の寝顔が見られたんだ。謝る必要はない」
耳を疑うような甘いセリフを口にした彼は、助手席のシートベルトを外すと運転席から外に出る。
彼に続いて車から降りれば、凍てつく寒さが私を襲った。
「若葉」
差し出された彼の手に自分の手を重ねれば、少しだけ寒さも和らぐ。
手を繋ぎながら街灯に照らし出されているレンガ敷きのアプローチを彼と共に進むと、モスグリーン色の外装の一軒家の入り口に辿り着いた。