ガラスの靴じゃないけれど
ウッディな木目調の扉の横に掲げられているのは、靴工房・シエナの文字が刻まれた看板。
まるで光が丘北口商店街の一角にあった靴工房・シエナに再び出会えたような気になった私は、感動で胸がいっぱいになった。
「若葉の前から姿を消してから旅に出ることも考えたが、革の匂いを嗅いで、工具に触れていないと生きている実感が湧かなくてな」
靴職人らしい彼の言葉を聞いただけで、私は喜びで満ち溢れる。
「不動産屋に駆け込んで靴屋を開けそうな物件を数件見た末に決めたのがここだ。都心から少し遠いのがネックだが、この物件が一番気に入った」
瞳を輝かせながら熱く語る彼は、まるで子供のよう。
そこまで彼が惚れ込んだ店内を早く見たいと思った私の胸が、期待で膨らんでいった。
「リフォームも済んでいるから本当なら今すぐにでも再オープンできるが、まずは常連客に移転の案内を出さないとな」
靴のことを語る彼の顔に浮かぶのは、満面の笑み。
寒さなど感じさせない彼の笑顔につられるように、私の頬も自然に緩んだ。
彼はポケットから鍵を取り出すと、木目調の扉を開ける。
パチリと明かりが点いた先に広がっていたのは、思わず声を上げてしまう光景だった。