ガラスの靴じゃないけれど
「このパンプスが広場の階段に落ちているのをみつけた時、俺がどれくらい驚いたのかわかってんのか?シエナ中を走り回って若葉を探したのに見つからないし...」
チェリーピンク色のパンプスを握り締めながらシエナ中を走り回る彼の姿を想像してみれば、胸がチクリと痛み出す。
「ごめんなさい。でも響さんだって、私の前から黙って姿を消したから、これでおあいこのはずです」
「それもそうだな」
ふたりでクスクスと笑い合っていると、彼の大きな手が私の頬を包み込む。
その温かい彼の手の甲に触れながら、心の底に隠していた思いを口にした。
「響さんは私が仕掛けた罠に、まんまとハマッたんです」
「罠?」
「はい。12月18日に響さんがシエナを訪れるはずだと確信していた私は、わざと片方だけのパンプスを石畳の階段に置いたんです。このパンプスを響さんが拾ったら、修理をして私に届けなくちゃ気が済まないでしょ?」
彼は靴職人。
壊れたパンプスを直さなければ気が治まらないはずだし、取り残された片方だけのパンプスが寂しいと訴える声を聞くこともできるのだ。
「若葉には敵わないな」