ガラスの靴じゃないけれど
鼻先で小さく笑った彼は、癖のある黒髪を掻き上げる。
けれど、それも刹那。私の身体が、ふわりと宙に浮かんだ。
軽々と私を抱える彼の首に甘えるように腕を絡めれば、ドキドキと胸が高鳴る。
その私が下ろされたのは、店内のカウンターの上。
「ガラスの靴にピタリとサイズが合ったシンデレラは王子と結ばれる。まあ、俺たちの場合はガラスの靴じゃないけどな」
彼は私の足に手を伸ばすと、履いていた黒いパンプスを次々に剥ぎ取る。
そして私の右足に手を添えると、柔らかな笑みを浮かべた。
「若葉。待たせたな」
彼と出会ってから数ケ月が過ぎて、ようやく修理が終わったチェリーピンク色のパンプスが今、私の右足にピタリとはまる。
それは彼の言う通り、ガラスの靴じゃない。
けれど、私の瞳にはガラスの靴以上に光り輝いて見えた。
「響さん。ありが...ぅん..」
私がお礼を最後まで言うことができなかったのは、彼に唇を熱く塞がれたから。
彼と私の唇は、角度や強さを変えて何度も重なり合う。
それは『目的地に着いたらもっと濃いヤツをしてやるから』という彼の言葉通り、私の息が上がるほど深くて長くて濃厚なキスだった。