ガラスの靴じゃないけれど
勝手に緩んでしまう頬と口元を自覚していると、不意に唇を塞がれた。
今度はチュッと音がする短いキス。
「だから...そんな可愛い顔しないで欲しいな。襲いたくなる」
望月さんになら襲われても構わないです!と思ったことは、私だけの秘密。
甘いキスと言葉に酔った私は、夢見心地な気持ちに包まれながら幸せを噛み締めた。
でも、その時間はあっという間に終わりを告げてしまうのだ。
「そろそろ始業の時間だな。俺は先に戻っているから...若葉?」
「はい?」
「グロスを直しておいで」
いつまでもキスに酔い痴れていた私は、冷静な望月さんの言葉で我に返る。
縁なし眼鏡のブリッジを中指で押し上げる望月さんは、すでに仕事モードに切り替わり済み。
余裕のある対応を見せる望月さんとの温度差を感じた私はペコリとお辞儀をすると、一目散にトイレに駆け込んだ。