ガラスの靴じゃないけれど


「一条さん。受付の最中にわからないことを聞かれたり、不安なことがあったらすぐに俺を呼ぶこと。いいね?」

「はい」

「うん。いい返事だ」

眼鏡の奥の瞳を細めながら頷く望月さんの姿を目にしていると、今が仕事中だということを忘れてしまいそうになる。

でも公私混同をしてはいけないと自分に言い聞かせた私は名残惜しく望月さんから視線を逸らすと、松本チーフと向き合った。

「松本チーフ。明日は何時に集合ですか?」

「俺たちは早めに行くけど、一条さんは17時に現地に来てくれればいい。よろしくな」

「はい」

本来ならば、休日出勤を楽しみにする人などいないはず。

でも私にとって休日出勤をすることも、受付をすることも、初めての体験。

小学生の頃、遠足を指折り数えて楽しみに待ち続けた、あの気持ちに近い感情を胸に抱いた私は定時より30分遅く、開発事業部を後にしたのだった。


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