ガラスの靴じゃないけれど
違和感を覚えて振り向いた私が見たのは、自分のお尻に張り付いている初老の男性の手。
しかも、私のお尻の上を、その皺立った手が舐め回すように動いている。
驚きで声も出せず、身体も硬直してしまい、身動きが取れない私がすがったのは、町内会館の奥にいる望月さん。
でも望月さんは、部長と松本チーフと打ち合わせの最中で、私の視線に気付いてくれない。
とくかく、この初老の男性から離れようと、震える足を一歩後退させた時。
私のお尻に触れていた、皺立った手が宙に浮かぶ。
「おい、おい。シゲさん。見境もなくサカっちゃダメでしょ。大企業のお姉さんに手を出したらセクハラだって訴えられちゃうよ」
初老の男性のことをシゲさんと呼び、グッドなタイミングで登場したのは、靴工房・シエナを営んでいる五十嵐響。
先週、会った時と同じように、黒髪の毛先があちらこちらの方向に跳ね上がったまま、棒付きキャンディーを口にくわえている。
「響ちゃん。セクハラってなんだい?」
「セクシャルハラスメントって言ってさぁ...。まあ、大工だったシゲさんが知らないのは仕方ねえか」