ガラスの靴じゃないけれど
少しだけ渋滞に巻き込まれながらも、望月さんは門限に間に合うように私を家まで送ってくれた。
望月さんは家の前に車を停めるとハンドルに両腕を付いて、その上に顎を乗せる。
「へえ。さすがグループ会社の役員の家。豪邸だね」
幼い頃から高い塀に囲まれたこの家に住み慣れている私にとって、これが豪邸なのかどうかイマイチわからない。
それよりも気になったのは、望月さんが私の事情を知っていたこと。
「私の父親のこと...やっぱり知っていたんですね」
フロントガラスから私の家を熱心に見つめていた望月さんは、ハンドルに腕を付けたまま、こちらを向いた。
「まあね。役員の娘がヘルプに来るって聞いた時は、どうせコピーもロクにできないお嬢様だろうと思っていたけれど」
「けれど?」
「まさか働き者のお嬢様が来るとは思わなかった」
この言葉は望月さんの褒め言葉。
暗がりの中でもわかる望月さんの優しい微笑みが、その証拠。
「そんな風に褒めてくれるのは望月さんだけです」
「若葉って鈍感だよね。自分がどれだけ魅力的なのか、ちっともわかっていない」
私をからかっているのか、よくわからない言葉に戸惑っていると徐々に望月さんの顔が近づいてくる。
あと数センチで唇が重なってしまう距離を保ったまま、望月さんは甘い言葉を口にした。