ガラスの靴じゃないけれど
相変わらず人通りがない光が丘駅北口商店街を歩いていると、見えて来るのはモスグリーン色の外装のお店。
平日五日間の業務をこなした私が向かった先は、靴工房・シエナ。
金色の丸いドアノブに手を伸ばすと、ウッディな木目調の扉を開ける。
「こんにちは」
鼻先に漂ってくるのは、独特な革の匂い。
耳に響くのは、ミシンの機械音。
目に飛び込むのは、デニム地のエプロンを身につけてシルバーのミシンに向かう彼の姿。
彼は店のドアを開けた私に視線を向けると、作業を止めた。
「オマエと交渉をする気はないぞ」
「交渉?」
突然飛び出した言葉に首を傾げると、彼は呆れるように大きなため息を付いた。
「オマエ...本当に野口不動産の社員か?」
「私はつい最近、総務部から開発事業部のヘルプに異動になったばかりで」
「そんなこと俺には関係ねえよ。とにかく今日は何の用でここに来た?」
彼は、あちらこちらの方向に跳ね上がったままの黒髪をワシャワシャと掻き上げた。
面倒くさそうな態度を取る彼に向かって、私は手にしている袋の中から借りていた黒いパンプスを取り出す。