ガラスの靴じゃないけれど


「この前はありがとうございました。今日はこのパンプスを返しに来ました」

「あ、そ。じゃあ、そこの作業台の上に置いてくれ。用事はそれだけか?」

「まあ、そうですけど」

私の返事を聞いた彼は手元に視線を戻すと、ミシン掛けを再開した。

レトロ感いっぱいのそのミシンが動く様子は、見ていて飽きない。

「あの!見学してもいいですか?」

ミシンの音に負けないように、声を張り上げたつもりだった。

けれど、生憎、私の質問は彼に届いていないようだ。

だったら、仕方ない。勝手に居座ることにしてしまおう。

作業の邪魔にならないようにと気を遣いながら、彼の斜め後ろに椅子を移動させると静かに腰を下ろす。

ここは靴工房・シエナのファーストクラス。

だって、作業をする彼の手元が一番良く見えるから。

「こんな地味な作業を見ても面白くないだろ」

ミシンを止めた彼は、振り返ることなく言い切る。

「そんなことありません。だから見学させて下さい」

「勝手にしろ」

無愛想にそう言い切った彼は、ひと針、ひと針、丁寧に革生地を縫い合わせる。

その彼の表情は真剣そのものだった。


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