ガラスの靴じゃないけれど
カタカタと一定のリズムを刻むミシンの音は、どこか懐かしい。
「靴のデザインや革の種類によって、糸の太さや縫い目の荒さを変えるんだ」
ミシン掛けを終えた彼は縫い目をチェックしながら、さりげなくポイントを教えてくれた。
それは靴の知識がない私への気遣いなのだろう。
パンプスが壊れた時も。住民説明会でお尻を触られた時も。
そして今も。見返りを求めない彼の優しさは、私の心を温かくしてくれる。
「それじゃあ、響さんが作った靴は、世界でたった一足しかないってことになりますね?」
「まあ、そういうことになるな」
私から視線を逸らした彼は、指先で鼻の頭をポリポリと掻いた。
もしかして、照れているの?
彼の意外な一面を垣間見た私の口元が、勝手に緩む。
「実はオマエのパンプスの修理はまだ手付かずなんだ」
「一ケ月後という約束ですから気にしないでください」
「悪いな」
眉を寄せながら謝りの言葉を口にした彼は椅子から立ち上がると、店の奥に向かう。
そして、ズラリと並んでいる人の足形をした模型のようなものを一点手にして戻って来た。