ガラスの靴じゃないけれど
けれど今の私はちゃっかりと作業台の前に移動をして、相槌を打ちながら彼の説明を聞いている。
「そしてハンマーの部分で革のシワを伸ばして叩いたら、またペンチで革を引っ張る。この作業が吊り込みだ」
一本で何役もこなせる万能な“ワニ”に驚きつつ、作業を食い入るように見つめた。
毎日、毎日、靴作りの作業をしている彼の手は厚みがあり、指はごつごつとして節くれだっている。
それは彼が靴作りに真摯に向き合ってきたという、何よりの証だと思った。
吊り込みという作業を繰り返していくうちに、次第にパンプスのつま先部分が木型に沿って丸みを帯びてくる。
「気温や湿度によって革の伸び具合が変わるんだ。何度やっても神経を使う難しい作業のひとつだな」
靴工房・シエナに響くのは、静かな彼の説明とコツコツと木型に釘を打ちこむ音だけ。
一枚の革を靴に変身させる魔法のような彼の作業は、職人技と呼ぶにふさわしい。
その技術に圧倒された私は、もはや感嘆の声すらも上げることができなかった。