ガラスの靴じゃないけれど
「楽しそうに妄想しているところ悪いが、今現在、仕上がりまで一年待ちの状態だ」
「え?そんなにかかるんですか?」
「俺ひとりで作業しているからな」
彼の一声で、私のバラ色の妄想がガラガラと音を立てて崩れて行った。
でも、あの手の込んだ作業を見学した今なら、一年待ちも納得できる。
「従業員は雇わないんですか?」
「ひとりで生活していけるだけの稼ぎはあるから、人手を増やすつもりはない」
「移転後もですか?」
今まで軽快にやり取りしていた会話が途切れてしまったのは、私のひと言のせい。
確かに再開発プロジェクトは進行しているけれど、この短期間で彼が同意するはずがない。
それなのに私は靴工房・シエナが取り壊されて移転するという前提で、話をしてしまったのだ。
「結局はそれか」
「え?」
ため息交じりの彼の声は、靴工房・シエナに悲しげに響く。
「何だかんだ理由を付けてこの店に来て、俺を説得しろと上司に命令されたのか?」
「説得?」
彼は靴を作っていた時とは別人のような、冷たい氷のような瞳を私に向けた。
「いいか?良く聞け。俺はここを立ち退く気はないし、この商店街も存続させるつもりだ。そう上司に伝えておけ」
「私がここに来たのは上司に命令されたからではなくて」