ガラスの靴じゃないけれど
最後まで私の話に耳を傾けることなく、彼は椅子から立ち上がる。
そして店の奥のアンティークな作りの両開きの戸棚を開けると、ある物を手にした。
「これは返す」
「え?」
私の手に強引に突き付けられたのは、ヒールが壊れたままのチェリーピンク色のパンプス。
「敵であるオマエのパンプスの修理なんかできねえよ」
「敵だなんて...」
「だってそうだろ?俺から唯一無二の大切な場所を奪おうとしているオマエ達は敵以外の何者でもない」
抑揚のない彼の声は、怒りを抑えている証拠。
自分の心無い言葉で彼を傷付けてしまったことを、謝りたかった。
「ごめんなさい」
「再開発を中止するなら許してやるよ。でもそんなことオマエには無理だろ?」
もう何も言い返す言葉が見つからない私は、壊れたパンプスを抱きしめながら俯くことしかできなかった。
「パンプスの修理もチャラになったし、これでもう用事はないだろ?わかったら、この店にはもう二度と顔を出すな」
靴の知識がない私を気遣いながら作業の手順を説明してくれた優しい彼は今、どこにもいない。
できることなら靴工房・シエナを、このまま残してあげたい。