【完】『道頓堀ディテクティブ』
1 ゆりあの秘密
道頓堀から高島屋の交差点を抜け、千日前を越えて日本橋(にっぽんばし)の電気屋が並ぶ界隈へと出る細い裏道に面したビルに、
「久保谷探偵事務所」
と書かれた小さな立て看板がある。
えらくオンボロな事務所で、
──あれでホンマにあそこ儲かっとんかいな。
と普段は皮肉をたれる黒門市場のオバハンなんぞも、いざおのれの飼い猫がいなくなると、厚かましい顔をして猫探しの依頼を持ち込んでくる日もある。
ここのあるじは、
「あんなシュッとした男前が探偵なんぞやっとったら、目立つんちゃうか」
と言われてしまうほどの二枚目である。
久保谷穆。
クボヤ・ボクと読む。
ちなみに「穆」とは珍しい名前だが、漢文の学者をやっていたという、今は亡き父親がつけたたった一つの形見でもある。
< 1 / 82 >