【完】『道頓堀ディテクティブ』
数日、過ぎた。
穆の事務所を訪れたのは、値の張りそうなグレーのスーツを着た、ちょっと屈強そうな男である。
顔を見た。
大二郎も穆も驚いたどころではない。
「…シマシンさん、ですよね?」
かつて「ピッチの飛び将軍」と呼ばれた、島紳一郎というサッカー選手その人なのである。
「それが何か」
シマシンこと紳一郎は答えた。
「こちらが住職から教えていただいた探偵さんの事務所と聞きましたが」
そこで穆はピンときた。
「ではあの依頼しようとしてたのは…」
「そうです」
フル代表の頃の、ゲームを組み立てる際と変わらないであろう、冷静な返事である。
「まぁ、立ち話も何ですから」
椅子を勧めた。
話を繋いでゆくと、
「妻の浮気調査をしてもらいたい」
との由である。
「まぁそういう事柄は探偵でしか出来ん話やわな」
大二郎が言うと、
「おまえ一言だけ余計や」
穆は口では笑うふりをしたが、目だけは笑っていなかった。
日頃。
穆に言わせると、
「映画やドラマのような、凶悪な事件を解決する探偵は実在しない」
と言うのである。
「冷静に考えてみい、警察権の侵害や騒いで所轄が何して来るか、知れたもんやない」
確かにその通りであろう。
故に。
今回シマシンが持ってきた依頼が、大多数であるのだ…というのである。
とにかく。
穆は住職のこともあったので、
「承りました」
と返答し、その場は終わった。