【完】『道頓堀ディテクティブ』
展覧会の日。
大二郎は実家の葬儀屋の手伝いで来ておらず、
「せっかくのチケットもったいないから、二人で行かへんか」
とまりあに声をかけた。
「私、美術とかよく分からない素人ですよ」
何なら穆さんが二回行けばいいじゃないですか、と言った。
「うーん」
穆は困った顔をした。
「…仕方ないなぁ。じゃあ一緒に行ってあげる」
まりあには人を放っておけない面があるらしい。
難波から御堂筋線で梅田へ出ると、地下街を抜け阪急百貨店までたどり着くのに時間はかからない。
まりあは。
夏らしいミントカラーのロリータドレスに籐の籠…という涼しげな出で立ちである。
一方。
穆も白麻のスーツをシュッと着こなしていた。
ネクタイに合わせた茶色の中折れ帽をかぶって、
「帰りに自由軒のカレー、食いに行こか」
などと言いながら催事場までエレベーターで昇った。
会場に着くと。
受付のそばに一瀬はるかが腕章を巻いてたたずんでいる。
「あ、久保谷さん」
まりあちゃんも来たんだ、というとチケットを穆から受け取ってすぐもぎり、
「今日はね、ちょうど東郷先生がいらっしゃってるんですよ」
まぁ挨拶ぐらいなら、といった軽い気持ちではるかの後ろをついて歩くと、
「東郷先生」
繻子の着流しに絽の羽織という姿の一人の男が振り向いた。
「…あ!」
穆が驚いた。
「おぅ、いつぞやのキューバリブレの」
例の老紳士ではないか。
「君も来たのか」
「…東郷先生とは知らず、大変ご無礼を」
「いや…宗右衛門町じゃ、ただの飲んべえや」
「…久保谷さんご存知なんですか?」
これにははるかが目を剥いて驚いた。
「知っとるも何も、飲み仲間や」
東郷忠は明るく言った。