† of Thousand~千の定義
なにがつらいかと問えば、いきなりキスしてしまったことだと、猛省しているのがよくわかる表情のまま、長沢は深く深くうつむく。

そしてそのまま、ゆっくりと私の上から退く――なんてこと、

「待ちな」

私が、許さない。

引き下がる彼の首にしがみつき、その動きを制す。

今朝方、彼が私にしたように、私が、彼を抱き締める。

一時の束縛を、体温で知らしめる。

「負けたよ、長沢」

「仁……?」

「別れる理由、言わないつもりだった。けど、お前には負けた。教えるよ」

「……仁……」

私に抱擁を返しながら、嬉しさ溜め息のような発音に込めた彼は、まだ知らないのだ。

私がすでにこの時、長沢武男を、新たに定義付けていたことを。

知らないのだ……。
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