真夜中の猫
寄りそう猫達

ピンクの車

それから2年後、

寛美は猫と暮らせるワンルームのアパートでさやかと暮らし、仕事に邁進していた。合コンにも呼ばれることはあったが、特別な関係になる人はいなかった。仕事が終わればさやかと過ごし、穏やかに過ごしていた。
仕事は中堅になり、研修などを受けて病院外に出ることも多くなった。
亮とはアパートの敷金清算などで連絡を取り合っていたが、ことが済むとそれもなくなり、時折寛美が思い立ったように「げんき?」とだけやり取りをしていた。

今度の研修は県職員の同期生を対象にした職員研修だった。仕事とはあまり関係のなさそうなものだったが必須だったので止むを得ず参加することになった。一緒に研修を受けた同期は100人ほどで、いろんな職種がいた。寄せ集めのメンバー達は年齢層も同じくらいですぐに打ち解け1週間の研修の間にかなり仲良くなれた。
女の中で寛美は1番年上だった。
休憩時間になると恋愛適齢期な男女は会話を弾ませ、新しい出会いを喜んでいた。
その輪から外れ、寛美と同じように少しみんなより年が離れた者の集まりが自然にできていった。
みんなストレートに入職したのではなく、前職持ちが多かったので話を聞くだけで面白かった。水族館からきた研究員や開業医を数々回ってきた獣医など、聞いてるだけで楽しい話ばかりだった。
寛美はあまり自分のことは話さなかった。看護師で家で猫を買っているとだけ。
「彼氏は?」たっぷり自分史を語ってくれた獣医から聞かれた。
「いないよ。」
「いない歴どのくらい?」
「3年くらいかな。出会いないもん。」
寛美は笑って話を断ち切った。
亮とのことはあまりしゃべりたくなかった。年月が経ってもはっきりと覚えていた。一緒に過ごした時間、最後に重ねあった肌の温もり。誰にも言わずにそっと胸にしまっておきたかった。

夏になりみんなそれぞれ夏休みがもらえるようになった。
気の合う同期で休みを合わせてキャンプに行くことになった。寛美はアウトドアは好きだったので参加した。
男6人に女4人で出かけた。
集合場所に行くとあと1人待ちだった。暑い中木陰を探して待っていると、ショッキングピンクの今にも壊れそうなオモチャみたいな車が乗り付けた。降りて来たのは大学浪人して入った誠治だった。年は寛美と同じだったので話があった。
みんな集まったところでちゃんと動きそうな車に乗り合わせてキャンプ場へ向かった。
寛美は運転し、その後部席に政治が乗っていた。誠治はやたらとしゃべった。遅れた理由や好きな音楽、職場のジャンボタニシ退治の話など次から次にみんなを笑わせてくれた。
キャンプ場につくと女はごはんの支度を済ませ、時間が空くとみんなで水鉄砲で打ち合ってあそんだ。
温泉も近くにあり食事が済むとそれぞれ夏の夜をのんびり過ごした。
気がつくといい雰囲気のカップルができていた。それはそれで微笑ましかった。
寛美はお風呂上りにビールを飲んでみんなの花火をは見ていた。
「やらないの?」
政治が花火を持ってきた。
「ちょっと休憩。」
寛美はビールを飲んだ。
「寛美ってさすごいよな。」
「なにが?」
「かっこいい車乗ってて、仕事もできそうだし、俺みたいなボロボロの寮じゃなくて猫と綺麗なとこらに住んでるんだろ?みんなとは何か違うなぁって気がする。」
「年とってるだけだよ。」
「俺なんか親に迷惑かけてばっかりで、尊敬するわ。」
そんな風に言われたのは初めてだった。寛美はただ亮との思い出を大切に静かに生きてきた。それがこの人にはそんな風に見えるのかと少し驚いた。
それからしばらく誠治の大学時代の話や好きなバンドの話を聞かされた。誠治は寛美と違って自由に生きてきたような気がした。寛美のそれまでは亮なしでは語れなかった。どんな思い出にも亮がいた。
だから少し羨ましい気がした。亮なしではダメなのにそれを失ってしまった寛美には何も残っていなかった。
唯一の残骸はさやかだった。
さやかといるときは少しだけ亮の香りがした。
「寛美は彼氏とかいるん?」
「いないよ。」
「まじで?」
「もてるやろ?」
「全然、年下は苦手だし。」
「俺なら年は同じだから関係ないな!」
そういって誠治は新しい花火に火をつけた。
寛美はビールを飲み干し、女の子を誘って温泉にいった。
(ピンクの車って乗るの恥ずかしくないかな?)
寛美は少しだけ想像してみた。悪くはなかった。






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