真夜中の猫

白い命

寛美と誠治は自然と付き合うようになった。誠治は寛美の家から1時間以上離れたところに住んでいたので、平日は寛美は自由だった。週末になればどちらかが会いに行き、2人で過ごした。
誠治はインドアが好きで、ずっとネットを見ていたり、好きな洋楽のコードをベースでひいてみたりした。その間寛美はその様子を見ていた。珍しかったのもあったし、気が付いたら夕方だったなんてこともあり、時間がすぎて行くのが心地よかった。
さやかは誠治に懐かなかった。誠治がくると押入れの中に隠れてしまった。
それと寛美は誠治には亮のことを話さなかった。亮にまつわる寛美の過去を全てあやふやにした。誠治には完全に心を開いていないことに気づいて欲しくなかった。

そんな時、寛美が付き合い出したのを知っているかのように、亮から元気でいるかとだけのメールがきた。寛美は悩んだが、近況も知らせず元気だと返した。返事はなかった。ただそれだけのやり取りだった。なのに、やっぱり胸が熱くなった。いても立ってもいられなくなった。自分の中の亮の存在の大きさを痛感した。そして誠治には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
付き合っていればいつか心の中から亮が消えて行くと思っていた。だが、そうはさせない自分がいることも確かだった。
まだ付き合い出して2ヶ月。今なら遊びで終われる。本気になる前に終わらせようと思った。

だが、寛美は体の異変に気がついた。毎月遅れずにやってくる生理が来なかった。
疲れてるのかと1週間待って、薬局で買った妊娠検査薬を使った。赤いラインがはっきりと出ていた。
寛美は誰にも相談せずに1人で産婦人科に行った。順番を待っている間が怖かった。
名前が呼ばれ、診察台に上がり、冷たい金属が入って行くのがわかって気持ち悪くて痛かった。
目を閉じて痛みを我慢していると、カーテンの向こうからモニターを見るよう言われた。
そっと目を開けると黒いものの中に白い卵のようなものが写し出されていた。
「おめでとうございます。」
そう言われると診察台は元の位置に戻り医師からさっきの写真を渡された。
「9週目くらいかな?予定日は9月25日ね。後は看護師からよくきいといてね。」
なにも頭に入ってこなかった。

いつか子供ができたら名前はさやかにしようね、と約束した人がいた。でもここにいるのはさやかじゃない。さやかじゃないとしても確かに命は脈打ち寛美の目に焼き付いて離れなかった。
私の赤ちゃん、寛美はお腹をさすりながらしばらく動けなかった。
「ここにいるのは私の赤ちゃん。」寛美は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

寛美は誠治にはまずメールで知らせた。
家に来た誠治はしばらく言葉を失った。だがその後はわが子の誕生と父親になる自分に沸き立っていた。そして結婚することを。
寛美はただ誠治にもお腹の子にも申し訳なかった。その分、お腹の子を守り抜くことを誓った。私の赤ちゃんの幸せを願うばかりだった。
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