真夜中の猫

雨宿り

「ママ、最近おじちゃんこないね。けんかしたの?」
「違うよ。仕事が忙しいんだよ。また来てほしい?」
「うん!」
亮がぱたりとこなくなって2ヶ月が過ぎた。
鈴と航からは週末になるとおじちゃんが来るのか聞かれ、答えられずにいた。
寛美からは亮に連絡は取らなかった。
亮が悩んでいることは寛美にも分かっていた。
だから、そっとしておいた。
子供達との距離が近づき過ぎて、亮を悩ませていないか恐れた。
それは亮にとっても子供達にとっても辛くなることだと思っていた。
外は木枯らしが吹きすさび、みんな家の中で遊んでいた。
寛美もゆっくりテレビを見ていると呼び鈴が鳴った。
来客の予定もなく宅配かと思うと、亮が来ていた。
「おじゃましていい?」
驚いた寛美を押しのけ、鈴と航が奥から飛び出して来た。
「おじちゃんだ~!」
2ヶ月ぶりのブランクを感じさせない仲の良さに、唖然とした。
「今日はプレゼントを持って来たよ。」
「なになに?みせて!」
2人がプレゼントに夢中になっている間、亮からの視線を感じた。目が合うと、亮は微笑み寛美に話しかけた。
「1人暮らしを始めたんだ。相手も別れるって言ってくれて、晴れてバツ1になれそうだよ。」
「そうだったんだ。知らなかった。」
「いつかゆっくり2人で話がしたいんだけど、夜でられる?」
「寝かしつけたあと、誰かに頼めば出られるけど。」
「じゃあ、来週の木曜日お願いしておいて。」
「分かった。」
それだけいうと、亮は鈴と航に久しぶりに会えたせいか、いつもにまして子供達と一緒に遊んだ。
1人暮らしと聞いたので、食事の時間も近いし、一緒に食べないか誘うと、子供達が喜び、亮は断れなくなった。
遊んで、食事の支度が済むと、みんなで食卓を囲んでみんなで笑いながら夕食を食べた。
寛美達はこんな食卓は久しぶりだった。
終始和気あいあいとし、亮が寛美の昔話を始めると鈴と航が目を輝かせた。
食事を済ませると亮は帰った。
寛美は片付けをし、子供達とお風呂に入って添い寝の用意をした。
黙っていた鈴が話し始めた。
「ママ、今日おじちゃんがパパみたいだったね。」
寛美ははっとした。
「楽しかった?」
「うん!」
「そっか、もうおやすみ。」
「おやすみなさい。」
母親がいくら頑張っても埋められないものがあった。
父親の存在の大きさを感じた。
寛美は今まで張り詰めていた糸がきれてしまったように、大きくため息をついた。
鈴と航はもう寝息を立てていた。
「ごめんね。」
2人の頭をそっと撫でた。

木曜日には仕事で出かけるといい、母に子供達をお願いした。
後ろめたい気持ちはあったが、寛美も亮とゆっくり話したいと思っていた。
本当はおしゃれをして行きたいところだが、怪しまれないようにいつもと同じジーパンに黒のカットソーだった。
髪型もただ後ろに束ねただけで、仕事のカバンを持って家を出た。
外は暗く雨が降っていた。
車で待ち合わせのカラオケへ急いだ。
着くと寛美は髪をほどいた。
車に映った自分を見て髪を整えた。
店内に入ると、あの音で呼ばれた。
亮が先に来ていた。
「おそくなってごめん。」
「ううん。2人とも大丈夫だった?」
「うん、もう寝てるかな。」
「じゃあ、行こっか。」
亮はカウンターで受付をし2人は部屋に入り、少し離れて座った。
飲み物を頼むと亮が先に歌い始めた。
寛美はこんな風に夜を過ごすのは久しぶりだった。
話したいことはたくさんあったけど、寛美もしっとりとしたバラードを歌った。
歌っている途中で自然と手が重なり合った。
離れて座っていた亮が寛美に寄り添い、肩を抱いた。
寛美はもう歌えなかった。
マイクをおき、亮の腕にしがみついた。
こんな事をしてもいいのか躊躇しつつ、亮の抱擁に応えた。
一気に涙があふれた。
亮は優しく耳にキスをしてくれた。
お互いが求めあっているのが分かったが、それ以上どうする事も出来なかった。
どのくらい抱き合っていただろう。
今までの時間を埋めて行くように、ふたりはゆっくり抱き合った。
しかし、許された時間の終わりを告げる電話がなった。
「あと10分です。延長なさいますか?」
「いいえ。」
亮が電話で話している間、寛美は涙でグシャグシャな顔を整えた。
2人はろくに話もしないまま部屋を出た。
外はまだ雨が降り続いていた。
雨と夜の闇が2人を隠してくれて、並んで歩くのを許してくれているようだった。
「駐車場まで送るよ。」
「ありがとう。」
歩きながらも何も話さなかった。
胸の鼓動だけは鳴り止まなかった。
寛美が車に乗るのを見て、亮は片手をあげさよならの合図をして、寛美に背を向けて歩き出した。
寛美は車のキーをさしたまま、エンジンもかけずに暗闇の中にいた。
このまま帰っていいのか?
もう二度とないかもしれない2人の時間、取り戻すのは今夜しかない。
そう思うと、車を降り、亮の後ろ姿を追いかけた。周りは暗くてよく見えなかった。
もういなくなったのかもしれない、と不安になり寛美はつい亮の名前を叫んだ。
通りはまばらに人が行き交い、寛美を振り返り見て行った。
そんな事には気付かず、真っ直ぐに亮の背中を探した。
2人で歩いて来た道を戻っていくと、亮の姿を見つけた。
「亮!」
驚いた亮は振り向き、寛美に駆けよった。
すべてを察知したように、亮は寛美の手をひき、通り沿いの路地に入った。
一つの傘の中で2人は抱き合い、唇を重ねた。
ああ、これは亮のキスだ、寛美の体はしっかり亮を覚えていた。
キスは長く強く、時には優しく、唇から首すじまでお互いを確かめ合うように続いた。
お互いを強く求めあい、欲した。
2人は雨の中をひとつの傘で歩き出し、亮の腕はしっかりと寛美の腰を抱いていた。
近くのホテルに入り、ようやく解き放たれたように、ふたりは抱き合った。
ベッドの中で誰の目も気にせず、なんのしがらみもなく、2人は自由だった。
熱く激しく愛し合い、2人で声をあげて果てた。
寛美はなぜか泣いていた。
そんな寛美を亮が優しく包んだ。
「亮、大好き。」
「俺も寛美が好きだよ。」
2人に穏やかな笑顔が戻った。
寛美は亮に腕枕をしてもらって少し休んだ。
そして2人でホテルを出た。
夜の雨はやんでいた。
亮も寛美も優しい顔をしていた。
帰る場所は違ったがそんな事は気にならなかった。
「また、会いに行く。」
「うん。」
寛美は亮に見送られ、子供達の元へ、母親に戻っていった。
寛美にはもう迷いはなかった。
大きな愛が2人を包んでいる。
それが、寛美に勇気を与えた。
もう時刻は真夜中に近かった。
雨で暗かった空も、雲の合間に三日月が顔を出し暗闇を照らした。
寛美はその光に後押しされるように家路を急いだ。





< 27 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop