真夜中の猫
VIPルーム
1週間はあっという間に過ぎた。
寛美を見るマスターやママさんの目はキラキラと輝いてうるさかった。
ありがたく店は大繁盛で、先週のやりとりを説明するヒマはなかった。
いつものように3人で客を招き入れ料理を振る舞い、アルコールやデザートを楽しんでもらった。
寛美はこのバイトが好きだった。
7席しかないこのホールでお客達を飽きさせずに食事を楽しんでもらうのが心地よかった。
客の大半はカップルだった。
喋りどおしの彼女連れやお互い本を呼んで一言もしゃべらないカップル、テーブルの上で手を握り合うカップル。
これはすぐにママさんに報告しなくてはいけなかった。
ホールも一息つき、ママさんとエスプレッソを淹れていると
「今日も来るの?」
ママさんの笑いジワがすべてくっきり浮き出ていた。
「さあ、来ないんじゃないですか?」
エスプレッソマシンから最後のしずくが落ちるのをみながら真顔で答えた。
そう、来ないかもしれない。
寛美は冷静な自分をどこかでキープしていた。
そんな反応がつまらなかったのか、ママさんもそれ以上は聞かずに淹れたてのエスプレッソを持って厨房に戻った。
ほんの2週間前のクリスマス、付き合っていた彼氏は寛美を迎えには来なかった。
連絡もつかず、夜になって降り出した雪を茫然と眺めていた。
生きているのかもわからない、惨めでひとりが怖かった。
誰かを待つのが怖かった。
だから、来ないかもしれないことを受け入れていた。
しばらくして、静かだったママさんが満面の笑みで厨房から出てきた。
「来たみたい。」
まさかと思い厨房から覗いてみた。
いる。
あの約束は本当だったんだ。
驚きと戸惑いの中で、ママさんに冷やかされながら残りの洗い物を片づけた。
店は落ち着いていて、11時になるのを前に上がっていいよと余計なおせっかいがはいった。
断る理由もなく、なるべくいつものように挨拶をして店を出た。
チラッと厨房を見ると、ママさんのガッツポーズが見え、やれやれと思った。
「早かったね、行こっか。」
「どこに?」
「とりあえず、この間のゲーセン。」
この時点で寛美は門限をあきらめて外泊となる。
寮には何ヶ所か出入り自由な窓があるから別に困らなかった。
自転車は店において、車に乗った。
寛美は何人かの男の車に乗ったことがあるが、多分1番若者らしくなかった。
古い型のセダンでお父さんの車のイメージで、居心地は悪くはなかった。
それに反発するかのように、車の中は個性が散りばめられていた。
今流行りの曲が流れ、ウルトラマリンの香りとバックミラーは大きく飾られダツシュボードの上にはモコモコとした白い敷物がしかれていた。お金はかけられないが、精いっぱいの自己主張が興味をそそった。
亮は工学部の3年で寮に住み、中学生相手の塾の先生をしていた。
その日もバイトの帰りできちんとしたジャケットを着ていた。
大学にはあまり行かずに、パチンコとパチスロで生活出来るほどの腕前を磨き、仕送りだけに頼らず生活出来ているようだった。
その腕前はゲーセンでも発揮され、50枚のコインがカップから溢れるには時間はかからなかった。
亮がスロットを回すと今まで意味もなく回っていたのが、まるで誘導されるように回り始め、ピタリと止まった。
寛美にはできなかったが、そばでみているだけでも興奮した。
寛美はいつもは入り口近くにあるUFOキャッチャーやプリクラなんかで遊ぶくらいで、奥にあるコインゲームとは距離をおいていた。入ってはいけないような気さえしていた。
亮はある程度コインがたまると、寛美を連れて今度は競馬ゲームに座った。
コインは2箱にたっぷり入っていた。まわりの客よりはかなり多かった。
競馬なんてしたこともなかったが、なんとなく気に入った馬に賭けてたまたま当たるともうやめられなかった。
ビギナーズラックなのか調子はよく、たくさんのコイン片手にVIPルームからでも観戦しているかのようだった。
馬が走っている間にいろんな話をした。
先週のファミレスでのノブと和美のやり取りが面白かったこと、声を掛け合った2人ではなく連れの2人が会っていること、お互いの寮でのこと、バイトのこと、話がつきることはなかった。
寛美は3姉妹で育ちあまり男と話すのは苦手な方だった。
会って間もなくこんなに話せるのは、亮の落ち着いた印象と大きな瞳が可愛らしくみえ、緊張をほぐしていたのかもしれない。
いつも突然な亮が声をかけた。
「俺達付き合おっか?」
「…うん。」
始まりは大体シンプルでありふれたものだったりする。
それからの想いやその強さ、そして育まれる時間が物語を複雑に変えていくのだと思う。
寛美を見るマスターやママさんの目はキラキラと輝いてうるさかった。
ありがたく店は大繁盛で、先週のやりとりを説明するヒマはなかった。
いつものように3人で客を招き入れ料理を振る舞い、アルコールやデザートを楽しんでもらった。
寛美はこのバイトが好きだった。
7席しかないこのホールでお客達を飽きさせずに食事を楽しんでもらうのが心地よかった。
客の大半はカップルだった。
喋りどおしの彼女連れやお互い本を呼んで一言もしゃべらないカップル、テーブルの上で手を握り合うカップル。
これはすぐにママさんに報告しなくてはいけなかった。
ホールも一息つき、ママさんとエスプレッソを淹れていると
「今日も来るの?」
ママさんの笑いジワがすべてくっきり浮き出ていた。
「さあ、来ないんじゃないですか?」
エスプレッソマシンから最後のしずくが落ちるのをみながら真顔で答えた。
そう、来ないかもしれない。
寛美は冷静な自分をどこかでキープしていた。
そんな反応がつまらなかったのか、ママさんもそれ以上は聞かずに淹れたてのエスプレッソを持って厨房に戻った。
ほんの2週間前のクリスマス、付き合っていた彼氏は寛美を迎えには来なかった。
連絡もつかず、夜になって降り出した雪を茫然と眺めていた。
生きているのかもわからない、惨めでひとりが怖かった。
誰かを待つのが怖かった。
だから、来ないかもしれないことを受け入れていた。
しばらくして、静かだったママさんが満面の笑みで厨房から出てきた。
「来たみたい。」
まさかと思い厨房から覗いてみた。
いる。
あの約束は本当だったんだ。
驚きと戸惑いの中で、ママさんに冷やかされながら残りの洗い物を片づけた。
店は落ち着いていて、11時になるのを前に上がっていいよと余計なおせっかいがはいった。
断る理由もなく、なるべくいつものように挨拶をして店を出た。
チラッと厨房を見ると、ママさんのガッツポーズが見え、やれやれと思った。
「早かったね、行こっか。」
「どこに?」
「とりあえず、この間のゲーセン。」
この時点で寛美は門限をあきらめて外泊となる。
寮には何ヶ所か出入り自由な窓があるから別に困らなかった。
自転車は店において、車に乗った。
寛美は何人かの男の車に乗ったことがあるが、多分1番若者らしくなかった。
古い型のセダンでお父さんの車のイメージで、居心地は悪くはなかった。
それに反発するかのように、車の中は個性が散りばめられていた。
今流行りの曲が流れ、ウルトラマリンの香りとバックミラーは大きく飾られダツシュボードの上にはモコモコとした白い敷物がしかれていた。お金はかけられないが、精いっぱいの自己主張が興味をそそった。
亮は工学部の3年で寮に住み、中学生相手の塾の先生をしていた。
その日もバイトの帰りできちんとしたジャケットを着ていた。
大学にはあまり行かずに、パチンコとパチスロで生活出来るほどの腕前を磨き、仕送りだけに頼らず生活出来ているようだった。
その腕前はゲーセンでも発揮され、50枚のコインがカップから溢れるには時間はかからなかった。
亮がスロットを回すと今まで意味もなく回っていたのが、まるで誘導されるように回り始め、ピタリと止まった。
寛美にはできなかったが、そばでみているだけでも興奮した。
寛美はいつもは入り口近くにあるUFOキャッチャーやプリクラなんかで遊ぶくらいで、奥にあるコインゲームとは距離をおいていた。入ってはいけないような気さえしていた。
亮はある程度コインがたまると、寛美を連れて今度は競馬ゲームに座った。
コインは2箱にたっぷり入っていた。まわりの客よりはかなり多かった。
競馬なんてしたこともなかったが、なんとなく気に入った馬に賭けてたまたま当たるともうやめられなかった。
ビギナーズラックなのか調子はよく、たくさんのコイン片手にVIPルームからでも観戦しているかのようだった。
馬が走っている間にいろんな話をした。
先週のファミレスでのノブと和美のやり取りが面白かったこと、声を掛け合った2人ではなく連れの2人が会っていること、お互いの寮でのこと、バイトのこと、話がつきることはなかった。
寛美は3姉妹で育ちあまり男と話すのは苦手な方だった。
会って間もなくこんなに話せるのは、亮の落ち着いた印象と大きな瞳が可愛らしくみえ、緊張をほぐしていたのかもしれない。
いつも突然な亮が声をかけた。
「俺達付き合おっか?」
「…うん。」
始まりは大体シンプルでありふれたものだったりする。
それからの想いやその強さ、そして育まれる時間が物語を複雑に変えていくのだと思う。