真夜中の猫

宇宙人

亮と寛美はちょくちょく電話で話すようになった。
寛美が夜勤でいない時は留守番電話にメッセージがのこっていた。夜勤明けで寝る時はこのメッセージを子守唄がわりにして何度もきいた。寛美は毎日でも電話したかったが、出来るだけ我慢した。亮が疲れているのを邪魔したくなかったし、面倒がられるのもこわかった。何よりヒマな女と思われるのが悔しかった。寛美の小さなプライドは崩されることの方が多かった。どうしてもやっぱり自分から電話してしまうのだ。
そんな寛美にも嬉しい時があった。電話の前でかけようかどうしようか考えあぐねたすえ、決心して受話器をあげると、つながっていたりすることがあった。お互いに同じタイミングで電話をかけあっていたのだ。これは本当に嬉しかった。離れていても想いが通じている気がした。

亮はゴールデンウィークの3日間帰って来る事になった。
着いたら寛美が迎えに行く約束をしていたが、右と左がよく分からない寛美の運転に亮は不安がった。
寛美はきちんと心得ていた。あくまでも友達だということを。だが、寛美の亮を想う気持ちには変わりはなかった。亮が友達というのならそれでも良かった。
そして亮が帰ってくる日、寛美はちゃんと早起きをして、ひととおり準備をすませ待っていた。あまり見た目に自信のない寛美は鏡を見る習慣がなかったが、この日だけは自分の嫌なところと向き合いながら髪を整え、にやけた顔をすませた。
前の日からイメージトレーニングは完璧だった。
亮から到着の知らせが入るとすぐに車で駅に迎い、ターミナルで待っている亮を乗せて再会というものだった。
と、そこに亮からの電話がはいった。
「今着いたよ。」
「うん、分かった。迎えに行くから待ってて。どこに行ったらいい?」
「カーテン開けてみて。」
いつも亮は唐突だった。寛美の予定は関係なかった。
カーテンを開けると1人の男が立っていた。亮にしては少し痩せ、白いシャツに短パンと足元はサンダルを履き、目には宇宙人の目みたいに白で縁取られた大きなサングラスをかけていた。
「久しぶり。」
男は宇宙人のサングラスをはずし寛美に向かって手を振った。
亮が行ってから一ヶ月、たったひとつきのことがどんなに長く感じられたか。
寛美は玄関へ走り出した。スリッパのまま扉を開けると、浅黒く日焼けした亮がいた。2人の距離は別れた時と同じだった。なんとなくそれ以上近くにはいけなかった。
「入ってもいい?」五月の空は晴れ渡り、日差しは強く照りつけていた。亮は暑さのせいで汗ばんでいた。
「キレイなとこだね。」
亮は部屋へあがりあたりを見渡してベッドに腰掛けた。
寛美は緊張を隠しながらテレビをつけ飲み物を用意し、床に座り込んだ。
音のなかった部屋は嵐のように鼓動が渦を巻いていた。
「急に来るからビックリした。よく分かったね。」
「手紙で住所は知ってたし、驚かそうと思ってね。」2人で笑った。
話の合間の沈黙が緊張を煽った。唾を飲み込むのも気付かれるのが恥ずかしかった。わざと亮から視線をそらし机の角なんかを見ていた。
二人の距離にあるものすべてが居心地悪そうにしていた。
「こっちに一緒に座らない?」
亮に言われるままに、戸惑いながらも少し距離をおいてベッドがきしまないようにゆっくり座った。
それとは逆に亮はギシッと音をたてて寛美に近づいた。そして寛美を抱き寄せた。
「会いたかった。」
緊張がほどかれて一気に涙がこぼれた。
「私も会いたかった。」
世界はつながった。それだけで良かった。この世界に2人がいる。亮の腕はしっかりと寛美を抱きしめた。
「遠いけどまた2人でやっていけるかな?」
寛美は耳を疑った。また恋人の2人に戻れる。そんなことを言ってくれるなんて、涙があふれた。
「うん。」
2人は頬をつけ唇を重ねた。涙の味がした。ゆっくりと重ねた唇は柔らかく温かくて小刻みに震えているようだった。唇を離して顔を見つめ合い自然と微笑みがこぼれた。2人は空白の時間を埋めていくように、肌と肌を重ね、愛し合った。
「亮?」
「はあい。」
いつも寛美が亮の名前を呼んだ。そこにいるのを確かめるように。
「寛美。」
「はあい。」
寛美は亮に名前を呼んでもらうのが好きだった。
お互いの名を呼び合って側にいるのを確認すると安心して眠れた。


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