薔薇の眷族
ひょこり、ひょこり
みずみずしい緑の垣根から、小さな頭が浮き沈みを繰り返す。
足音の刻むリズムからするに、スキップでもしているのだろうか。
芳しい花の香りが漂うこのあたりに来れる者など限られている。
ましてや、あれほど軽い足音であればなおのことである。
剪定をしていた男は、厄介そうな来客に密かに溜息をついた。
できることなら出会わぬうちに回避したいものだが、仕事を放り出して持ち場を離れるわけにもいかないし、足音は確実にこちらに向かって来ている。
「今まで出会わなかった方が不思議、か。」
男が独り言ちていると、生垣の端から小さな少女が姿を現した。
月のように柔らかく輝く金髪、この広大な庭園いっぱいに咲き誇る薔薇のような深紅の瞳。
男の姿を見つけてふわりと微笑む様は、その少女の訪れを予想していた男にも美しく感じられた。
「あなたはだぁれ?ここでなにをしているの?」
好奇心を隠し切れていない様子で尋ねてくる少女に、男はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「花を育てているのですよ。」
「このはな、しっているわ!おさとうのがおいしいのよ!」
日頃口にしているその味を思い出したのか、少女は目を輝かせている。
丹精込めて育てた花を何の考えもなしに貪り食う人間共に、思わず悪態をつきたくなったが、まだ年端もいかない目の前の少女に当たるわけにもいかない。
男は何とも言えぬ感情が湧き上がるのを抑え、にっこりと笑みを浮かべた。
「薔薇はお好きですか?」
「とってもすきよ!」
香り、色、形や菓子の種類まで、少女は次々と自分が薔薇を好む点を挙げていく。
身振り手振りも加えて、必死で伝えようとする姿はいっそ微笑ましい。
「あ!でも、いちばんはおへやからみたときなのよ!おひさまのなかできらきらってしてるの!」
「部屋から?」
「え、あ、ちがうの!えっと……」
男が尋ねると、少女は慌てたように否定し始めた。
どうやら、彼女の中では、この庭への小さな冒険は見つかってはならない秘密のようだ。
「うーんとね、ベルはベルなのよ。だから、えっと……」
「そうですか。では、私はルディとお呼びください。」
クスリと笑みを零した男が、話を逸らすように名を告げてやると、ベルと名乗った少女は嬉しそうに何度もその名を呟いた。
「またきてもいいかしら?」
「薔薇を傷つけないのなら。」
「ちがうわ。ルディにあいにくるのよ。」
「いつもここにいるとは限りませんが。それでもよければどうぞ。」
正直に言えば非常に面倒臭い。
それでも、この少女に不快感を与えることが、己の不利に働くということだけはわかっている。
庭師であるルディにとってはこの広大な庭園こそ仕事場であるので、毎日この庭園のどこかにはいるのであるが、暗に会えないかもしれないと匂わすことだけが唯一の逃げ道だった。