せいあ、大海を知る
「……桂馬?」


「俺の事なんだと思ってるわけ?」


不思議に思い尋ねると、心外だという言葉が帰ってきた。けど、何に対して怒っているのか、私にはいまいち分からない。


「あー、もう」


目が合ったまま首を傾けると、大きなため息も同時に聞こえた。


「言わなくても分かれよ。こんな状態の千夏を放っておくような薄情な男だと思ってたのかって意味だよ」


「……そんな訳ないじゃん。申し訳ないと思っただけだよ。……近くにいてくれて安心したし」


そんな風に思わせてしまったのかと、慌てて言葉を付け足した。薄情なんて……そんな事あるわけない。そんな人だったらまず好きになんてならない。


「ごめんはいらないから。……分かるよね?」


あー、なるほど。桂馬が欲している言葉が分かって、頬が緩んでしまった。


「桂馬、ありがとう」


きっと彼が欲していたのは謝罪の言葉じゃなくて、お礼の言葉だったんだと思う。そう思ったから、彼の目をみてちゃんと伝えた。


やっぱり、正解だったらしい。


さっきまで固かった表情も、柔らかいものに変化していった。


「それでいいんだよ。千夏はそうやって笑ってて」


“笑って”の言葉にハッとした。そうか、今日ほとんど笑えていなかった。


きっと桂馬は私が笑うようにわざとこんな誘導の仕方をしたんだろうな。そして思う。桂馬は私に対して優しすぎるし、私は桂馬に甘えすぎ。


これといったものを桂馬に返す事はできないから、せめて彼の隣で笑っていたいな。それで彼が安心してくれるなら。
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