せいあ、大海を知る
「はぁ……」


今日何度目だろうか、目の前にいる彼からため息を聞くのは。


「どうしたの?」


何を言われるんだろうと不安に思い、身構えながら聞いた。


「……ちーか、鞄に何にも入ってないけど?」


「え?」


「だ・か・ら、教科書とかせめてノートとか。通学鞄に入っているべきものが何一つ見当たらないけど」


何一つ、とういところをもう一度強調しながら言われてしまった。


さっきのため息は私の鞄にお弁当箱と財布しか入っていなかったことへのものだったらしい。少し前まで真剣な話をしていたから、また関係のあることかと身構えた私の気持ちを返してほしい。……なんて、自分勝手な考えが頭に浮かんだ。


「えー、どうせ帰っても勉強しないし。重いだけだから全部机とロッカーの中だよ」


説明しながら自分の机と教室後方にあるロッカーを順番に指さしていく。


「知ってるから。知っているけど改めてちゃんと見て呆れただけ。俺が帰る準備が遅いのは、千夏と違って真面目に教科書とか復習に使うもの持って帰ってるからなんだよ」


……あー、なるほど。何も持ち帰らない私の下校準備が早いのは当然で、それを桂馬にも当たり前の様に接したから少し機嫌を悪くした感じなのか。


選んだ言葉が悪かったかな。


「ごめん、さっきのは私の言い方が悪かったね。私の準備が早すぎるだけだったね」


こういうときは素直に謝るのが一番。桂馬は謝ればそのあとねちっこく引きずったりはしないって、ちゃんと知ってるから。


「……分かればいいよ」


思った通り、少し冷たかった口調も柔らかくなった。というより、居心地が悪そうな感じで、顔をよく見ると苦笑していた。


「桂馬、早く帰ろうよ。奏太君が待ってるよ」


「そうだな、こんな所で油売ってないで、さっさと帰ろうか」


まだ開いていた鞄のファスナーを閉めて、荷物を肩に抱えながら桂馬が言う。私の返事を聞く前にスタスタと歩き始めてしまった。


離れていく背中にそのまま私の前からいなくなるんじゃないかって、嫌なことを考えてしまった。寂しさと恐怖、不安を感じた。


「ほら、行くぞ」


待ってよ、そう言おうとした時、私に背を向けていたはずの桂馬は振り向きながら、そう促した。不安定な心に大丈夫だよって言ってくれているような、温かい笑顔を身に着けて。


……やばい、惚れ直した。今日一日で、私には桂馬しかいないって心から思った。
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