聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
それから自分がどこをどう歩いて天幕に帰ったのか、わからない。ただカイは呆然自失して横たわったまま、まんじりともせずに夜明けを迎えた。

天幕の隙間から差し込む夜明けの光を感じた時一瞬、すべては悪い夢だったのではないかと思った。だがすぐに、そんなはずがないと自分の中で否定の叫びが返った。

―眠ってもいないのに、夢など見るはずがない。夢など見るはずがないではないか…!!

「……そだ……」

カイの頬を冷たいものが滑った。

「……うそだ……」

カイは泣いた。片腕を目の上に載せて一人静かに泣いた。受けた衝撃がやっと、涙となってあふれ出たのだ。涙は堰を切ったようにあふれては頬を滑り、枕を濡らしていく。

「…リュー…」

リュティアに逢いたかった。あの澄んだ声で、名前を呼んで欲しかった。そんなことはあり得ないと言ってほしかった。

だが宝剣アヌスが自分をまったく拒絶しなかったのは事実だ。動かすことのできない事実なのだ。

自分は王子なのだ。リュティアの実の兄なのだ…!!

―知りたくなかった…!

ラミアードを恨めたら、まだどんなに楽だったろう。だがカイにはラミアードを恨むことなどできそうにもなかった。

ラミアードは幼い頃からカイにとって特別な存在だった。リュティアに惚れるまではずっと、彼の下で働きたいと願っていたくらいだ。それに、ラミアードのせいではない。では赤ん坊を混同した侍女のせいだろうか。きっとそれも違う。違うのだ、誰のせいでもないのだ…。
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