聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
仕事の休憩時間にカイが女王の執務室を訪ねて来ると、その時間を女王としてのわずかな休憩時間とするのが、リュティアの日課となっていた。

二人で他愛もない話をするこの時間を、リュティアは何よりも大切に思っていた。

その日―フローテュリアに帰りついた翌日―は夕刻になる頃やっとカイが訪れた。最近カイはどことなく様子がおかしいと思うのだが、リュティアはそれを自分の中でうまく言葉にできないでいた。

「今日はちょっと外に出て話さないか」

「はい。庭に出ましょうか」

二人連れ立って、歩く。こんな時、そう、カイの視線が痛いような気がするのだ。なぜだろう。けれど様子がおかしいと言えば自分もだから、やはり改めて訊ねる気が起こらない。

一方カイはと言えば、リュティアの様子がおかしい理由まで正確に見抜いていた。

ライトの噂はもちろん、カイの耳にも届いていたのだ。二人は口数も少ないまま、主宮殿の庭へと下る階段を下りた。

主宮殿の庭は、リュティアが主となってから、薬草園へと姿を変えた。

癒しの力で人々を癒すだけでなく、人々それぞれに薬草の知識を持ってもらいたい。リュティアはそう願い、自身の薬草医としてのスキルをいかして、定期的に講習会を開いているのだ。

今まで植えられていた花々はそのままに、薬草たちはそのわき役となって生えている。

久々に見る植物たちが、元気にしているかどうか、つらつらと考えながら庭に足を踏み入れると…

二人はそこに広がっていた光景に驚いて声をなくした。

二人は桜色の花の海に取り囲まれていた。

冬大ぶりの桜色の花をつけるルクリアの花が、いつのまにか満開になっていたのだ。

カイはまざまざと思い出す。

14歳のあの日、カイを追ってきたリュティアが頬に口づけをした日、初めての恋に落ちた日のことを…。

風がそよぎ、あの日のままに、桜色の花とリュティアの桜色の髪を揺らすのを、カイは焼けつくような視線でみつめる…。

「………きれい……」

リュティアの赤い唇がそう言葉を紡いだ。

そう、きれいだとカイは思った。

二人は確かにこの一瞬、互いの胸にあるすべてのしがらみを忘れた。忘れて静かに互いを見つめ合った。

その至近距離の薄紫の視線に、カイは甘くとろけるような心地を味わう。

吸い寄せられるように、カイは顔を近づける…。
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